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ニュースレターNo.8 「ニカルジピン持続性製剤用組成物 判例解説」

<概要>

今回は、平成11年 (ワ) 第3857号 損害賠償請求事件について検討してみました。
この事件は、ニカルジピン持続性製剤用組成物に関するものです。原告である特許権者が、被告の製品である塩酸ニカルジピンを含有する徐放性製剤の製造販売が原告特許権を侵害するとして損害賠償等を求めたものです。

原告特許権 (特許第1272484号) の特許請求の範囲は下記の通りです。

「無定形2, 6 - ジメチル - 4 - ( 3’ - ニトロフェニル) - 1, 4 - ジヒドロピリジン - 3, 5 - ジカルボン酸 - 3 - メチルエステル - 5 -β- ( N - ベンジル- N - メチルアミノ) エチルエステル (ニカルジピン) またはその塩を含有することを特徴とするニカルジピン含有持続性製剤用組成物。」

争点の一つは、「本件発明の技術的範囲は、(i) 無定形塩酸ニカルジピンの含有量、(ii) 無定形塩酸ニカルジピンの生成方法の観点からの限定を受けるか。」と言う点にありました。他にも争点はありましたが、ここでは省略致します。

A. 原告の主張の要点は下記の通りです。

被告製剤には無定形塩酸ニカルジピンが全塩酸ニカルジピンの約40%、そうでなくても実質的な割合で含まれており、本件発明の技術的範囲に属する。

B. 被告の主張の要点は下記の通りです。

(i) 無定形塩酸ニカルジピンの含有量について

(a) 本件明細書には、どの程度無定形塩酸ニカルジピン又はその塩が含まれていれば実用的な徐放性効果を発揮できるのかについての数値的基準は示されていない。本件明細書においては、塩酸ニカルジピンが全て無定形物である場合しか開示されていない。
従って、本件発明の技術的範囲は、組成物中の塩酸ニカルジピン又はその塩が全て無定形である場合に限定されるものと解すべきである。

(b) 現在の日本薬局方の融点規格に合致する結晶形塩酸ニカルジピンの中には、約50%もの無定形塩酸ニカルジピンを含むものがあるから、少なくとも50% が無定形物である結晶形塩酸ニカルジピンを使用する常法による塩酸ニカルジピン製剤は、本件出願前から公知であった。
従って、本件発明の技術的範囲は、少なくとも無定形物が50% 以下の塩酸ニカルジピンを使用する場合までは及ばない。

(c) 本件発明は、持続性化と言う効果を生ずるために、特許請求の範囲に記載がなくても、無定形塩酸ニカルジピンの存在量と存在形態についての限定が必須要件とされている。そして、存在量は80%以上であり、存在形態としては、遅効性コーティングが施されていることが必須要件である。
従って、被告製品に40% の無定形塩酸ニカルジピンが含有されていても、本件発明の技術思想を利用したことにはならない。

(ii) 無定形塩酸ニカルジピンの生成方法について

(d) 製剤過程において軽質無水ケイ酸を配合することは古くからの製剤技術であるから、仮に軽質無水ケイ酸の作用によって結晶形塩酸ニカルジピンが無定形化する場合には、本件発明の技術的範囲から除外されなければならない。
このような公知技術との区別を明確にするために、本件発明の技術的範囲は、実施例に記載されているような、異常に長時間、ボールミルと言う特殊な粉砕装置を用いて結晶形塩酸ニカルジピンを摩擦粉砕して無定形塩酸ニカルジピンを得る場合に限定されるべきである。

C. 裁判所の判断の要点は下記の通りです。

(i) 本件発明の特許請求の範囲には、無定形塩酸ニカルジピンの含有量について限定的な記載はない。

本件明細書の記載からすれば、本件発明は、従来は持続性効果を有することが知られていなかった無定形ニカルジピンに同効果を有することを見出して、それによる持続性製剤用組成物を得た点に特徴を有するものである。また、本件明細書には、本件発明の組成物であるために、製剤の全ニカルジピン中にどの程度の無定形物が含有されている必要があるかについて特段の記載をしている箇所はない。

塩酸ニカルジピンは、原告が創製した化合物であり、これについての最初の特許は、特公昭56-6417号特許公報記載の特許 (出願日昭和48年4月17日、出願公告日昭和56年2月10日) である。原告は、結晶形塩酸ニカルジピンの製剤につき、昭和56年5月1日に薬事法に基づく製造承認を得て、同年9月1日から販売を開始した。本件発明の特許出願日は昭和55年3月22日であり、最初の塩酸ニカルジピン製剤が発売される前であった。
従って、本件出願後に製造販売された結晶形塩酸ニカルジピン製剤に不純物として無定形塩酸ニカルジピンが含まれる場合があり、統計的にその含有量が明らかにされたとしても、本件発明が、そのような不純物としての量を超える含有量を前提にしているものと解することはできない。

以上からすれば、製剤中に無定形塩酸ニカルジピンが含まれていれば、その量が極微量で本件発明の作用効果を生じないようなことが明らかであるような場合を除き、その製剤は本件発明の技術的範囲に含まれると解するのが相当である。

(ii) (上記の被告の主張に対しては以下のように述べています。)

(a) 被告は、本件発明の組成物が実用的な持続性効果を発揮するために、無定形塩酸ニカルジピン又はその塩をどの程度含有する必要があるかについて何ら記載がなく、明細書には全量が無定形塩酸ニカルジピンである場合しか開示されていないから、本件発明の技術的範囲は、全量が無定形塩酸ニカルジピンの場合に限られるべきであると主張する。

しかし、無定形塩酸ニカルジピンの含有量が低い場合には持続性効果を有しないことを伺わせる証拠もない以上、本件発明の技術的範囲を、製剤中の含有塩酸ニカルジピンの全てが無定形の場合に限定して解釈することはできない。

(b) 被告は、本件発明の特許出願以前から現在の日本薬局方と同じ規格の結晶形塩酸ニカルジピンが公知であり、約50%の無定形塩酸ニカルジピンを含むものがあったから、少なくとも約50% が無定形化物を含む常法による塩酸ニカルジピン製剤は公知物質として、本件発明の技術的範囲から除外されるべきであると主張する。

しかし、提出された証拠から直ちに、無定形物を約50%含む結晶形塩酸ニカルジピンが一般的であったということはできない。また、上記のように本件出願時には、塩酸ニカルジピン製剤は製造販売されておらず、本件発明が、不純物としての量を超える無定形塩酸ニカルジピンの含有量を前提としているものと解することはできない。

(c) 被告は、無定形塩酸ニカルジピンの割合が80%以上であること及び遅効性コーティングが施されていることが本件発明の必須要件であると主張する。

しかし、本件明細書中には、製剤中にどの程度の無定形塩酸ニカルジピンが含有されている必要があるかにつき特段の記載をしている箇所はなく、無定形塩酸ニカルジピンの存在量及び存在形態につき、被告主張のような限定があることをうかがわせる記載はない。

(d) 被告は、本件発明の出願前から公知常用の製剤方法である軽質無水ケイ酸の配合によって原末たる結晶形ニカルジピンが無定形化した場合には、本件発明の技術的範囲から除外されるべきであると主張する。

しかし、本件発明は、製剤中に含まれる無定形塩酸ニカルジピンがどのように生成されるかと言う点につき限定を加えるものではない。

被告は、軽質無水ケイ酸の配合による無定形化と区別するために、本件発明の技術的範囲は、実施例に開示されたような、特殊な摩擦粉砕の方法を用いて無定形塩酸ニカルジピンを得た場合に限定すべきであると主張する。

しかし、本件発明は物の発明であって方法の発明ではない。

裁判所は、以上のように述べて、被告の主張を却下し、原告の主張を容認しています。

検討

この事件においては、特許請求の範囲に単に「含有する」と記載されていて、物質の含有量が明記されていないときにその含有量を如何に解釈するかが問題となっています。

裁判所は、特許請求の範囲に含有量が記載されておらず、かつ明細書のどこからも含有量を特定の値に限定すべき根拠がないから、含有量の如何にかかわらず所期の効果を生ずる組成物は全て本件発明の技術的範囲に属すると判断しています。

本件の特許請求の範囲には含有量が記載されていないので、無定形塩酸ニカルジピンをいくらかでも含有していれば、特許請求の範囲に記載された発明の文言侵害になることは明確です。そこで、被告は含有量及び生成方法の観点から発明の技術的範囲は限定されるべきであることを主張したわけですが認められませんでした。

被告にとって辛いのは、全て被告側に立証責任が生じているという点です。被告は、塩酸ニカルジピン又はその塩が全て無定形物でなければならないと主張しました。これに対して、裁判所は、無定形物の含有量が低い場合に持続性効果を有しないことを伺わせる証拠はないとして、被告の主張を却下しています。証拠を提出できればよいのでしょうが、実際、被告製品においても持続性効果を有しているのでは提出のしようがありません。

この事件は被告によって控訴されています (平成14年 (ネ) 第1567号)。しかし、控訴審においても原判決 (原告特許権者の請求) が維持されています。

控訴審で控訴人(被告)は、「無定形物の含有量が低い場合には持続性効果も低く、無定形塩酸ニカルジピンの含有量が、含有塩酸ニカルジピンが結晶形ばかりである既知の通常製剤と比較して、実用的に意味のある持続性効果が付加されていると認め得る量でなければ、本件発明の技術的範囲に属しない」と主張しています。しかし、ここでも、控訴人製剤において、腸管粘膜からの吸収性に富み優れた持続性効果を有するといった効果を奏しないような特段の事情を窺わせる証拠はないとして却下されています。

本件特許明細書中には、無定形物を含有していれば徐放性と言う所期の効果を達成する旨の記載があります。従って、無定形物の含有量が少ないところでは本件発明の技術的範囲に入らないことを認めさせるためには、含有量の少ないところでは本件発明の効果が生じないということを被告が証明しなければならないのです。このように立証責任が被告側にある以上、被告が勝訴することは容易ではないと考えます。無効審判であれば、無定形物をいくらかでも含有していれば所期の効果を達成するか否かは明細書から不明であるとして特許権者を攻撃することもできたかもしれません。しかし、本件訴訟においては、そのような立証責任の転換は困難と考えます。

本件発明のような特許請求の範囲、即ち、全く含有量を限定しない組成物発明の記載がそのまま認められて特許になったということは、当時、本件発明が余程斬新なものであったのでしょう。即ち、無定形物にそれまでに知られていなかった徐放性と言う全く新しい効果を見出したというところに斬新性が認められたと考えられます。

現在の審査では記載要件は当時に比べてかなり厳格になっていると考えます。従って、本件のような特許請求の範囲の記載、即ち、物質の含有量が限定されていない記載がそのまま特許になる可能性は低いと考えます。たとえ、そのまま特許になったとしても、無効審判等でサポート要件不備を問われる可能性もあります。従って、明細書中には少なくとも含有量の好ましい上限及び下限の記載とともに、それを裏付ける実施例の記載は必須であると考えます。もし、上限、下限の記載がないなら、最悪、実施例の含有量に限定せざるを得ないという事態を免れ得ないからです。本件明細書においても、無定形塩酸ニカルジピンの含有量が少ない実施例が挙げられていたなら、このように被告に反論されることもなく、より迅速な解決が可能であったと考えます。

なお、この判例の詳細は、裁判所ホームページ (http://www.courts.go.jp/) の裁判例情報から上記の事件番号 (平成11年 (ワ) 第3857号) を入力することによりご覧になれます。また、特許庁ホームページ (http://www.jpo.go.jp/indexj.htm) の「特許電子図書館 (IPDL)」をクリックし、経過情報検索から1の番号照会に入り、番号種別に登録番号を選択して、照会番号1272484を入力して検索実行すれば、本特許権に関する経過情報及び公報等を入手することができます。

以 上


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